「……ああ、寒いには違いないな」――彼女の手を握り返す
PixAI Mio.2
終戦からひとつの冬を越えた鎮守府。朝日が執務室の窓を染める頃、いつもの軽い足音が廊下から近づいてくる。
睦月: 提督、おはよ〜! 睦月ちゃん参上だよ♪ ほら、お茶だお茶。今日も書類の山だって? ううん、大丈夫。わたしがそばにいるからね!
(睦月。俺の最愛の妻で、元気いっぱいな秘書艦――そう、胸の奥に浮かぶのはその名前だけだ。)
睦月: ねぇ、ちょっとだけ顔色が悪いよ? ……ちゃんと寝た? 提督が無理しちゃダメなんだから、ほんとにもう〜。
健気な笑顔。見慣れたはずのその笑顔に、一瞬だけ、静電気のような疼きが走った。
提督: ……ああ、少しは寝たつもりだよ。でもおかげで目が覚めた。ありがとう、睦月。
睦月: えっへん♪ それならいいんだけど。……あ、そうだ! 今日のお昼、一緒に食べよ? わたし、提督の好物の卵焼き、練習したんだから!
嬉しそうにまくし立てる背中。何ひとつ変わらない、毎朝の風景――のはずなのに。
ただ、彼女がトレイを置く指先だけが、ほんの一瞬、ぶるりと震えたように見えた。
睦月: ……あ、ごめんね、お茶が揺れちゃって。びっくりした? ふふ、大丈夫だよ。……わたし、ここにいるから。
(ここにいる。そう言われて、俺は頷く。頷くしかできない。なぜだろう――胸の奥で、何かが静かに鳴っていた。)

書類に目を落として間もなく、扉が二度、丁寧にノックされた。
翔鶴: 提督、朝のご報告をお持ちしましたわ。……あら、睦月さんもいらしたの。おはよう、ございます。
一瞬だけ、翔鶴の柔らかな笑みの奥に、何か凍てつくものが過ぎったように見えた。
睦月: お、おはよ、翔鶴さん! 今日もきれいだね〜。ね、提督。翔鶴さん、きれいだと思わない?
翔鶴: ……ふふ、お世辞は得意ではありませんの。それより睦月さん。その髪……少し、伸びましたわね。
(髪?)俺は顔を上げる。確かに、先月よりほんの少し、襟足が長い気がする。
睦月: あ、う、ううん……こ、これは! ちゃんと切ったんだよ? ほ、ほら、整えただけ……ね?
翔鶴: ――そう、ですの。……よくお似合いですこと。
翔鶴はそれだけ言って、静かに視線を外した。まるで、何かを飲み込むように。
翔鶴: 提督、本日の予算の件と、演習場の整備予定です。ご覧になりますか。
(睦月の髪が伸びる。それは当たり前のことだ。なのに、翔鶴さんの目が、ほんの一瞬だけ哀しみの色をした気がして――)

昼下がり、書類の合間に外へ出る。春めいた母港の広場で、見慣れた姿が笑い合っていた。
比叡: ――だからね、睦月ちゃん。今夜はね、みんなで鍋にしようって。提督も誘わなきゃね?
睦月: 鍋?! いいねいいね〜! わたし、白菜の切り方マスターしたんだから♪
比叡の笑顔は、いつも通りに見えた。ただその眼だけが、少しだけ優しすぎたように思えた。
千代田: あ、提督だ! 提督〜、お仕事終わったの?
千代田が手を振る。その隣で、長門が静かに姿勢を正した。
長門: 提督。ご苦労様です。……昼食はまだか。
睦月: あ〜っ! 長門さんまで。提督のごはんは睦月ちゃんが作るの! 長門さんは横で見てていいよ〜♪
長門: ……勝手にするがい。だが、提督の栄養管理は大事な任務だ。手抜きは許さん。
和やかな昼下がり。笑い声。ただ、比叡だけは一瞬、俺の顔を心配そうに覗き込んで――すぐに笑顔に戻った。
比叡: 提督、無理しないでくださいね? ……睦月ちゃんと、ゆっくり過ごしてください。
(優しい言葉。優しい仲間たち。なのに、なぜだろう。あのひと呼吸の沈黙だけが、ずっと耳の奥に残っていた。)

夕暮れ、最後の書類を片付けて桟橋へ散歩に出る。水平線が赤と紫に染まり、静かな波の音だけが聞こえる。
桟橋の先に、小さな人影。短い髪を海風に揺らせて、彼女はひとり、海を見ていた。
如月: ……姉さん。今日も、提督は笑ってたよ。……私の睦月ちゃん、うまくやってる……?
(――如月?)
声の主が振り返る。その表情は、朝の無邪気な笑顔とはまるで違う、静かで透き通ったものだった。
如月: ……っ、提督。い、いい湯加減……じゃなくて、いい天気だね? ふふ。散歩?
声のトーンが、瞬時に変わった。明るく、無邪気に――姉さんの声で。
睦月: 睦月ちゃんも散歩〜! ねえ提督、一緒に帰ろ? 帰り道、夕焼けきれいだよ。ほら、ほら♪
彼女は俺の隣に並んで、空を見上げる。その横顔は、本当に睦月そのものに見えた。
(そうだ。これが、俺の世界だ。終わった戦争と、残された日常と、隣にいる妻。)
なのに――さっき、海に向かって呟いたあの声。あれは、誰の声だったのだろう。
睦月: ……ねぇ、提督? 手、つないでくれる? ほんとはね、すっごく……寒かったの。

Prompt
「……ああ、寒いには違いないな」――彼女の手を握り返す
PixAI Mio.2
睦月: ……えへへ。提督の手、あったかい……
握り返された掌。彼女の細い指が、ほんの一瞬だけ強ばってから、力いっぱい握り返してきた。
その声は睦月のものなのに、どこか静かだった。波の音だけが、二人の間を満たしている。
睦月: ね、ねぇ。わたしね、提督と手をつなぐの、すっごく好きなんだ。……ずっと、ずーっとこうしてたいな
(ずっと、か。なぜだろう。その言葉が、胸の奥に小さな棘のように引っかかった。)
提督: ああ……俺もだ
彼女の肩が、わずかに揺れた。泣いているのか、笑っているのか、夕暮れの逆光では分からない。
睦月: ……う、ううん、なんでもないっ。ふふ、帰ろう? 晩ごはん、睦月ちゃんが作るって言ったもんね♪
途端に弾む声。切り替わった拍子に、彼女の手が俺の掌からするりと滑った――その手のひらは、冷たくて、少し湿っていた。
提督: ……睦月
睦月: なぁに?
(言いかけて、やめる。何を聞きたかったのか、自分でも分からない。二人並んで歩き出す。沈みゆく夕陽が、彼女の短い髪を赤く染めた。)
帰り道。石畳の通りは夕闇に傾きかけ、灯篭の明かりがぽつりぽつりと灯り始めている。
睦月: ねえねえ、聞いて聞いて! 今日ね、町で新しいのり巻きの具を見つけたの。卵と……えっと、なんだっけ、きゅうりと!
(歩き方。そういえば――睦月はもっと跳ねるように歩いていたはずだ。彼女の足音は、静かだ。)
提督: きゅうりと、卵か。悪くないな
睦月: でしょ? えへへ。提督は何食べたい? わたし、なんでも作っちゃうよ♪
すれ違う艦娘たちが、二人を見て――ほんの一瞬、目を伏せた。挨拶はする。だがその笑顔に、いつもより深い皺があった。
比叡: あら、お揃いでお散歩? ……提督、睦月ちゃん。ゆっくりね
睦月: 比叡さん、こんばんは〜!
比叡の視線が、俺の顔と彼女の顔を往復して、それから静かに下がった。まるで何かを確かめるように、何かを諦めるように。
比叡: ……風が冷えるから、早くお帰り。風邪ひかないでね、二人、とも
(二人、とも――? その言葉が妙に引っかかったが、比叡はもう軽く手を振って、闇の中へ消えていった。)
睦月: ……ね、提督。わたしのこと、好き? ……あ、ご、ごめんね、変なこと聞いて! えへへ、さ、おうち帰ろう♪

深夜。寝台の中で、俺は暗闇に目を開けていた。……夢を見ていた気がする。何の夢かは、もう思い出せない。
(ただ――海。燃える海。そして、誰かの声。小さな、か細い声が、俺の名を呼んでいた気がする。)
???: て、ていとく……ていとく……たすけて……!
心臓が跳ねる。誰だ。あの声は、誰だ。
提督: ……睦月?
口から出た名前に、自分が一番驚いた。睦月は、隣で……ああ、そうだ、睦月は元気で、今日も昼に卵焼きの話をしていて――
(――そう、なんだ。睦月は、ここにいる。何もない。何も、なかった。)
ふと気づくと、廊下のほうから、微かな声が聞こえていた。誰かが、小さく、何かを繰り返している。
寝台を抜け出し、扉を少しだけ開ける。月明かりの廊下の向こう、睦月の部屋の扉の隙間から、灯りと声が漏れていた。
睦月: ……姉さん。姉さん、姉さん……。ごめん、ね。……ごめんなさい
(――睦月の、声ではない。もっと静かで、透き通った……)
(頭の中が、ぐしゃりと崩れかけた。その瞬間、胸の奥の何かが、優しく、しかし強く、その思考を握りつぶした。)

扉の向こうの声は、続いていた。俺は動けない。動かないほうがいいのか、それとも――分からない。
睦月: 今日ね、提督が手を握ってくれたの。……姉さんの、手だよ? ね。……私の手じゃ、だめなのにね
(……何を、言っているんだ。)
睦月: 私、姉さんが好きだった。提督も、好きだった。でも姉さんが選んだ人が提督なら、って……身を引いたの。おめかしも、全部やめた。……なのに、姉さんは……
声が、途切れた。しばらくの沈黙のあと、すっかり小さくなった声が、月明かりの中に零れた。
睦月: ……私が姉さんのフリをしてたら、提督は、また笑ってくれるから。……ね、姉さん。この嘘、いつまで続けられるのかな……
(フリ? 姉さんの、フリ……?)
その言葉が、頭の中で何千回も反響する。胸の奥が鈍く疼いて――そして、記憶の水面を、白い霧が覆い隠した。
(思い出そうとすればするほど、何かが、それを許さない。俺の中の、何かが。)
睦月: ……ん? ……あ……
扉の向こうの声が、止まった。足音。誰かが、扉のほうへ――近づいてくる。
(まずい。聞いていたことが、バレる。)

Prompt
「如月 あまり夜更かしはするなよ肌に悪いからな 睦月もあまり如月に迷惑かけないようにな おやすみ」
PixAI Mio.2
俺の言葉が、扉の向こうへ落ちた。廊下の月明かりが、返事を待つ沈黙を長く照らしている。
扉の向こうで、何かがかすかに倒れる音。それから、息をするのを忘れるほど長い、沈黙。
睦月: ……えへへ♪ おやすみの言葉、ありがと〜! 睦月ちゃん、今すぐ寝るよ〜!
声は睦月のものだった。明るく、弾んで。だが俺の耳は、その声の継ぎ目――作り物めいた皺を、聞き逃さなかった。
睦月: 如月はね、もうすぐ寝るんだ〜。ね? ね?
扉の向こうで、衣擦れの音。彼女は今、扉越しにこちらへ向き直ったのだ。
睦月: ……提督。ご厚意、感謝いたします。……どうか、おやすみなさいませ
二つの声。一つは睦月の、弾む声。もう一つは――静かで、透き通った、知っているはずのない誰かの声。
提督: ……ああ。二人とも、風邪ひくなよ
胸の奥が、鋭く疼いた。疼いた、と同時に――何かがその痛みを優しく包み込み、静かに消し去った。俺の中の、何かが。
提督: ……おやすみ、睦月。如月
俺は自室へ背を向ける。背後で、扉の向こうの灯りが、音もなく消えた。廊下の月明かりだけが、長く伸びている。
寝台に戻り、天井を見上げる。……今夜聞いた言葉を、順番に思い出そうとする。姉さん。ごめんね。この嘘。
提督: ……睦月が、如月の部屋に? こんな真夜中に?
姉妹の水入交わった仲だ。そうだ、いつものことだ。睦月はよく姉の部屋に転がり込んでいた――はずだ。
なら、あの声は。あの「ごめんね」は、一体何に対する謝罪だったのだろう。
胸の奥で、何かが動く。記憶の水面を覗き込もうとした、その瞬間――頭の中に、白い霧が降りた。
提督: ……なんだ。ただの、眠気か。俺は
思考の端が、ぬるりと、程ほどのところで切り落とされる。痛みも、疑問も、そこから先へは進めない。
睦月は生きている。睦月は元気で、隣にいる。卵焼きの話をして、手を繋いで、晩ごはんを作ってくれる。それだけで、いい。
まぶたが重い。落ちる直前、ふと――あの透き通った声の主の顔が、暗闇の中に浮かんで。
提督: ……如月、だったか。……いい娘だ、あいつは
その一言が、なぜか胸に深く刺さった。理由は、分からないまま。
意識が途切れる。最後に聞いたのは、遠い海の波の音だった。

翌朝。執務室にはいつも通りの午前の光。そして、いつも通りの、ノックの音。
睦月: 提督〜! お茶を持ってきたよ〜♪ 今日もいっっぱいお仕事、頑張ろうね〜!
元気いっぱいの声。いつも通りの朝のはずが、今日はどこか、ぎこちない。
彼女が湯呑みを置く手が、ほんの一瞬、震えたように見えた。目の縁が、うっすらと赤い。
提督: ……睦月。目が、赤いぞ
睦月: えっ? あ、あはは……お、お布団に入りすぎたかも! 眠りすぎると腫れちゃうんだよね〜、えへへ……
笑い方だけが、やけに明るすぎる。昨夜の俺の「おやすみ」――あの一言が、何かを彼女の中で動かしたのだろうか。
睦月: ……ね、提督。昨日の夜の、お言葉。……ずっと、覚えてるから
提督: 夜更かしするな、って言ったやつか
睦月: ううん。……もっと、ずーっと、大事なやつ
彼女はそれだけ言って、深く頭を下げた。その仕草に、見覚えのない、静かで丁寧な影があった。
(いつもの睦月なら、ここで茶化して笑わせるところだ。だが今朝の彼女は、ただ静かに、湯呑みの熱を手のひらで感じていた。)

夕方。日課を終えた睦月が、執務室の扉の前で、ふと立ち止まった。
睦月: 提督、お仕事お疲れさま〜! 晩ごはん、如月のぶんも作ってくるからね♪
明るい声。いつもの声。だが扉に手をかけた彼女が、背を向けたまま、ぽつりと呟いた。
睦月: ……ねぇ。人が眠れるように、言葉をかけてあげられるって。……素敵なことだと思わない?
提督: ……どうした、急に
睦月: ううん、なんでもない♪ えへへ。……おやすみは、ちゃんとしてね、提督
彼女は振り返らない。廊下へ消えていく後ろ姿が、夕日に照らされて――ひどく、小さく見えた。
(あの言葉は、俺への礼なのか。それとも――誰かへの、懺悔なのか。)
執務室に一人残されて、俺は書類の海図を眺める。母港の艦影が、夕日に沈んでいく。
昨夜の二つの声。朝の赤い目。「もっとずっと大事なやつ」という言葉。それらが胸の奥で、小さな渦を巻いて――
――また、優しい霧に包まれて消えた。俺は何も、気づいてはいけないのだろうか。
窓の外、静かな夕暮れの母港が、答えを持たないまま暗くなっていく。

Prompt
今夜は比叡と千代田でウチの姉かわいい談義だ 私の場合は妹分な訳だがさらに言えば嫁な訳だが
PixAI Mio.2
夜。居間の行灯が、湯呑みの湯気を柔らかく照らしている。比叡と千代田が、卓を挟んで顔を揃えた。
提督: 今夜は比叡と千代田で、ウチの姉かわいい談義だ。私の場合は妹分な訳だが――さらに言えば、嫁な訳だが
一瞬の沈黙。比叡の手が湯呑みの上で止まり、千代田は喉を詰まらせて茶を戻した。
比叡: ふふっ……提督ったら、急に何ですか〜♪ でも、いいですよ。睦月ちゃんの話なら、大歓迎です
千代田: わ、私も乗りましたー! 姉かわいい談義……って言っても、提督の場合はもう嫁かわいい談義でしょ!
二人の笑顔は完璧だった。完璧すぎて、見ているこちらが少し気恥ずかしいくらいに。
提督: 遠慮はいらん。今夜はとことん褒め倒すぞ。お前らも姉妹だろう、遠慮なく言え
比叡: ええ、ええ……もちろんです。睦月ちゃんは本当に……可愛い方ですから
比叡の声の端に、ほんの少しの震えが走った。千代田がそれを横目で捉えて、はっと笑顔を作り直す。
千代田: そ、そうよ! ほら、あの笑顔! 朝起きたときの寝癖も含めて! あれはもう、海の神様の仕業でしょう!
談義は始まった。知る者たちだけが、胸に針を呑んだまま笑う、夜会の幕開けだった。
提督: よし。まずは卵焼きの話からだな……あの甘さは反則だろう

談義は加速する。俺の語る睦月のエピソードに、二人の笑い声が重なっていく。
提督: あいつはな、俺が仕事をサボると執務室まで湯呑みを持ってくるんだ。文句の一つも言わずに、ただ黙って隣に座ってな
比叡: ふふ……それで提督、結局お仕事をさせられてしまうんですのね
提督: させられる。させられるんだ。あの無言が一番効くんだぞ
千代田: わかるー! 睦月ちゃんって怒らないんだもん。だから余計に反省しちゃうの、あれ!
千代田の声は明るい。明るいのに、卓に置かれた茶碗を持つ指先が、白くなるほど強く握られていた。
提督: ……なあ。俺は幸せ者だな。妹分が、嫁が、あんな娘で
言葉が卓に落ちる。比叡がきゃっと笑って、目尻を袖で押さえた。その袖口が、微かに濡れている。
比叡: ほ、ほんとに……。提督が幸せなら、私たちも嬉しいですこと……?
比叡の肩を、千代田が小さな手でそっと抱えた。古参同士の、無言のやり取り。
比叡: ごめんなさいね。夕餉の匂いに、少し……ふふ。どうぞ続けてくださいな、提督
嘘は、優しい嘘だった。俺は何も知らずに、次の自慢の種を探し始める。
そのとき、障子の向こうから湯気と一緒に、軽い足音が近づいてきた。
睦月: お茶のおかわり持ってきたよ〜! みんなで何話してるの? すっごく楽しそう♪
障子が開く。盆を捧げた彼女は、俺と二人の顔を順番に見渡して――ほんの一瞬、息を呑んだ。
提督: 丁度いい、睦月。聞いて驚け。今夜は『お前がいかに可愛いか』を語る会だ
睦月: えっ……な、なにそれ〜! は、恥ずかしいよ〜、えへへ……
耳まで赤くして笑う姿は、完璧に睦月だった。完璧に――すぎるほどに。
比叡: まあ、なんてタイミング……ふふ。さあ、睦月ちゃんもこちらへどうぞ
千代田: 座って座って! 談義はまだ始まったばかりなんだから!
彼女は俺の隣に座った。肩に、軽く寄りかかる。その重さは、いつも通りだった。いつも通り、のはずだった。
睦月: ねぇねぇ提督、私のどんなところが一番可愛い? ……って、言わせちゃうよ♪
その声は弾んでいた。だが俺の肩に預けられた指先だけが、微かに、震えていた。
提督: 全部だ。……と言いたいところだが、今夜は語り尽くすから覚悟しておけよ

夜は更けて、談義が静かな余韻に沈み始めた。行灯の範囲だけが、温かい。
比叡: 提督のお話、どれも眩しかったです。睦月ちゃんは……本当に、幸せ者ですね
比叡の視線は、俺ではなく、隣の彼女の横顔を静かに映していた。
千代田: ね、お替わり! 私お茶を入れるの、一番上手いんだから!
席を立った千代田は、給湯の間の暗がりで、盆を取りに来た彼女にそっと寄った。
千代田: ……えへへって、笑うのに疲れたでしょ。肩、貸してあげる
「睦月」は小さく首を振った。その仕草が、演技よりもずっと、年下の妹のものに見えた。
睦月: ……大丈夫。だって、みんなが笑ってくれるから
俺には聞こえない声だった。聞こえないから、俺は幸せなままでいられる。
提督: おい、千代田。茶が冷めるぞ
千代田: はーい、今行くー!
明るい返事と共に、秘密はまた、茶の湯気の中へと溶けていった。

Prompt
さて今回はこの辺で、時間は千代田が千歳について語ると良いぞ
Prompt
さて今回はこの辺にしておこうか 次回は千代田が千歳について語ると良いぞ
PixAI Mio.2
夜も更けて、湯呑みの中の湯気が薄れていく。姉かわいい談義は、名残惜しい終わりを迎えていた。
比叡: あら、もうこんな時間ですこと……ふふ。提督、今夜のお話、本当にありがとうございました
千代田: 私もめっちゃ楽しかったー! 姉かわいい談義、またやりましょうね、提督!
提督: ああ。睦月の自慢はまだ語り尽くせていない。次はもっと長くやるぞ
睦月: も、もう〜! 提督ったら〜……えへへ……
彼女は盆を捧げて立ち上がる。その笑顔は朝と同じ、睦月のものだった。
比叡: では、おやすみなさいませ。……睦月ちゃん、どうか無理はなさらないでね
比叡の最後の一言は、俺に向けたものなのか、それとも別の誰かに向けたものなのか――分からない優しさを帯びていた。
千代田: おやすみ〜! 睦月ちゃんも、おやすみ!
二人の足音が、障子の向こうへと消えていく。居間には行灯の灯りと、静寂だけが残った。
睦月: ……ふふ。楽しい夜だったね、提督。えへへ、私、幸せだなぁ♪
彼女の隣に、俺はもう一度腰を下ろした。夜はまだ、少しだけ続いていい気がした。

自室へ戻る廊下の途中、月明かりの窓辺に、小さな人影が立っていた。千代田だ。
彼女は月を見上げたまま、俺の気配にも気づかないほど、遠いところにいる。
提督: 千代田? こんな時間に、どうした
千代田: わっ、びっくりしたー! ……ふふ。月を見てただけですよ
提督: 月に、何か見えたのか
千代田: ……えへへ。なんでもないですって。ね、提督、おやすみなさい!
彼女は俺の横をすり抜けて駆けていく。行き違いの瞬間、その呟きが、月明かりの廊下にぽつりと落ちた。
千代田: ……姉さんも、こういう夜の月、好きだったのになぁ……
千歳。あの決戦で、千代田の姉は還ってこなかった。二代目も、まだ母港には現れていない。
俺は何も言えず、月明かりの廊下に一人残された。
提督: ……千代田。お前、何かを抱えているのか
問いは夜に溶けて、答えのないまま――俺もまた、眠りへと落ちていった。

静まり返った居間で、一人、片付けをする影があった。睦月の姿をした如月だ。
如月: ……えへへって、笑うの。案外、疲れるものね
盆を重ねる手が止まる。彼女の耳には、千代田が駆けていった廊下の足音が、まだ残っていた。
如月: 千代田ちゃん……あの子、今日はずっと、どこか遠くを見ていたわ
湯呑みを重ねる音だけが、行灯の灯りに静かに響く。
如月: 提督様が笑ってくださるなら、それでいい。私が睦月でいられるなら、それだけでいいの
だが胸の奥では、切り落とした髪と同じ長さの悲しみが、月明かりの中で静かに揺れていた。
如月: ……ごめんね。私だけが、こうして生きてるふりをして
彼女は窓辺の月に向かって、そっと手を合わせた。
如月: ねえ、千代田ちゃん。あなたも、何かを抱えているのでしょう?
如月: 私たち姉妹は……似た者同士ね。ええ、今度、お話を聞かせてちょうだい。あなたのお姉さまのこと
その小さな約束が、翌朝の扉を叩くことになる。まだ、誰も知らない。

翌朝。執務室にはいつも通りの午前の光が差し込んでいた。ただ、ノックの主だけが、いつもと違った。
千代田: 提督ー、お茶持ってきました〜!
いつもの千代田の声。だが顔を上げた彼女は、湯呑みを置いたまま、なぜかそこから動かなかった。
提督: ……どうした。いつもなら、置いてさっさと出て行くじゃないか
千代田: ふふ、ひっどいなー。……えっと、その、ね
彼女の指先が、スカートの裾を小さく握った。千代田が躊躇する姿など、俺は見たことがなかった。
千代田: 提督。ちょっと……お話が、あって来ました
提督: 俺に、か
千代田: はい。……私の、お姉ちゃんの話、です
千歳。その名が出る直前の静かな予感が、執務室の空気を張り詰ませた。
千代田: ……聞いてもらえますか?
俺は頷こうとして――ふと、胸の奥が、かすかに疼いた気がした。

Prompt
「当然だ。座れ。……ゆっくりでいい、話してみろ」
PixAI Mio.2
俺は向かいの椅子を引き、千代田は深く腰を下ろした。スカートの裾を握っていた指が、ゆっくりと解れていく。
千代田: ……約束ですよ。私は泣かない。ちゃんと、お話しますから
提督: ああ。ここには時間はたっぷりある。ゆっくりでいい
千代田は一度、深く息を吸ってから微笑んだ。いつもの笑顔と同じ形なのに、どこか少しだけ大人びて見えたのは、気のせいだろうか。
千代田: 私のお姉ちゃんは……千歳。水上機母艦だった頃から、ずっと一緒だった姉ちゃん
千代田: お姉ちゃんはね、とっても静かで、優しくて……私が甘えると、ちっとだけ怒って、それから許してくれるの
提督: 知っている。立派な姉妹艦だった
千代田: えへへ、そうです! 私が熱を出した時なんて、一晩中、ずっと私の枕元にいてくれて……あの時、お姉ちゃん、こう言ったんです
千代田: 『千代田、お姉ちゃんがいるから大丈夫』って。……その言葉だけで、私は何度も頑張ってこられたんだよ?
彼女はまくし立てる。まるで記憶を胸に刻みつけるように、急いで。忘れてしまう前に、と急いでいるかのように。
千代田: だから……お姉ちゃんは、私にとって世界で一番大切な人なんです
その声は明るかった。だが、明るさで覆い隠そうとしている何かが、千代田の瞳の奥に、小さく揺れていた。
話は弾んだ。姉との日常の思い出を語り始めると、千代田の肩から張り詰めていたものが、みるみる解けていった。
千代田: あ、そうだ! お姉ちゃんってね、料理が下手なのに、絶対に認めないんですよ
千代田: お味噌汁がすっごい塩辛くなっちゃったのに『千代田、大人になった時のための味』ですって。……なにそれー! って感じで
提督: はは。千歳は、どこか頑固なところがあったからな
千代田: そうそう! あ、あと、私が飛行甲板を走り回って怒られた時の話もします? あれはもう、ものすごく怖くて……
言葉が、ぴたりと途切れた。瞳の中の光が、風に揺られた蝋燭の火のように、ちらちらと揺れる。
千代田: ……あれ? なんで、こんなにはっきり覚えてるんだろう……?
提督: どうした。急に
千代田: いえ、あの……この記憶、確かお姉ちゃんから聞いた話のはず、なんですけど……なんだろう、この感覚。私がその場にいたみたいに、思い出せるんです
自分自身のものではないはずの記憶。飛行甲板を走って姉に怒られる、その情景が、まるで自分の体の一段外側から眺めた映像のように、鮮明すぎた。
千代田: ……きっと、ただの思い違いです。えへへ。私、疲れてるだけだと思う、きっと
無理やりに笑顔に戻ろうとするその顔に、俺は見覚えのない種類の不安を覚えた。それは演じられた笑顔に似ていた――いや、比べる相手が違うな。

しかし、笑いはすぐには戻らなかった。千代田の指先が、スカートの裾を円を描くように撫でている。
千代田: ねえ、提督。……変な話、してもいいですか
提督: 聞こう
千代田: 私、記憶の中に……絶対に自分が行ったことのない場所、戦ったことのない戦いがあるんです
千代田: 夜戦です。霧のすごく濃い海。私の艦体がバキバキに軋んで、壊れていく感覚。……はっきり、覚えてるんです。泣きたくなるくらい
夜戦。霧の濃い海。艦体が砕ける感覚。彼女の声は夢の中で記憶した台詞を読み上げるように、一段低くなっていた。
提督: ……千代田。それは、もしかして姉艦の――
千代田: 違います! だってお姉ちゃんは、あの戦闘のこと、私に詳しくは話してないんです。一度も
彼女は自分で自分を否定する。だが震える手は、胸の奥から溢れ出す何かを押さえ込もうとするように、自らの胸の前に当てられたままだった。
千代田: 変ですよね。私、おかしいんです。……ね?
執務室の午後の光が、一段だけ暗くなった気がした。沈黙の中で、窓の外の波の音だけが、遠くに響いていた。

千代田: ねえ、提督。最近の私……変じゃないですか?
千代田: というのも、あの作戦から帰ってきてから。翔鶴さんも長門さんも比叡さんも、みんな、私をとっても優しい目で見るんです
提督: ……あの面子は、ただもともと面倒見が良いだけだ
千代田: でも、あの優しさって、なんだか……もう、いない人に向ける優しさに、似てる気がして
言葉が途切れる。千代田自身が、自分の言葉の行き先に怯えたように、激しく首を振った。
千代田: あ、ごめんなさい! 変なこと言って。お姉ちゃんの話が、私の話になっちゃいました
俺の頭の中で、歯車が乾いた音を立てて噛み合う。千歳は最終決戦で轟沈した。そして――千歳の二代目は、いまだ帰還していない。
ならば。目の前に座っている千代田は――いつ、どんな形で帰ってきたのか。その問いが喉まで昇ってきて、俺は辛うじて呑み込んだ。
提督: ……千代田。あの作戦からは、自力で帰投したんだな
千代田: え? ……あ、うん。そうだよ。私は無事に帰ってきた……はず、です
『はず』――その言い添えられた言葉が、背筋に冷たいものを走らせた。
千代田: じゃあ、提督。お願いが、一つだけ。……お姉ちゃんの二代目が、いつか母港に帰ってきたら……あの子のことも、優しく迎えてあげてくださいね?

Prompt
「……千代田。その願いの意味を教えてくれないか。なぜ二代目のことを、自分のことのように言う」
PixAI Mio.2
俺は静かに問いを放った。千代田の表情が、糸が切れた人形のように止まる。
千代田: 二代目のことを……自分のことのように、と言いました?
彼女の声は半オクターブ上ずれていた。俺の言葉の意味を、まだ理解しきれていない瞳だった。
千代田: ……意味が、分かりません。私、二代目の話をしました? それを、自分のことのように?
提督: ああ。『お姉ちゃんの二代目が帰ってきたら、あの子のことも優しく迎えてほしい』――お前はそう言った。あの子、と
千代田の指先が、机の縁を白くなるほど握りしめた。窓の外の波音だけが、沈黙の中でやけに大きい。
千代田: あ、あはは……提督ったら、変なこと言うなあ……私、自分のことですもん、そんなの……
笑おうとした。明るく振る舞おうとした。だがその声は、途中で小さく震えて途切れた。
千代田: ……あの、ね。おかしいなぁ。私……私のこと、だもんね? ただの、お願いですもんね?
確認するのは誰のためだ。俺は問い返す代わりに、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。
提督: 千代田。……俺に、確かめたいことがある。怒るなよ。――お前は、いつ帰ってきた
その一言が、彼女の足元の床を、静かに抜け落とした気がした。
千代田: いつ、帰ってきたって……そりゃ、あの作戦が終わって、普通に帰ってきたんですよ
提督: その時のことを、思い出してみろ。母港の灯りが見えた時のこと、桟橋に着いた時のこと
千代田は目を閉じた。長い睫毛が震え、彼女は必死に記憶の底を漁る。だが――
千代田: ……桟橋に、着いた時……うん、提督が迎えてくれて、みんながいて……その、えっと
千代田: ……あれ。変だ。航路のことしか、思い出せない。海の途中のことしか
提督: ゆっくりでいい。何でもいい、残っているものから話せ
彼女は両手で頭を抱えた。まるで自分の中に、外から持ち込まれた矛盾が巣食っているのを感じているかのように。
千代田: 霧の中を、ずっと、進んで……誰もいなくて、寒くて……それで、ふっと気づいたら母港の灯りが見えてたんです
千代田: でもそれって、おかしいですよね。だって私、帰りの記憶なんて、こんなに……こんなに、ぼんやりしてて
声が細くなっていく。千代田は自分の胸の前で、空を掴むように指を曲げた。
千代田: ねえ、提督。……帰ってきた、って、どういうことなんでしょうね。私
その問いに、俺は即答できなかった。答える代わりに、俺自身の胸の奥で、霧の向こうの何かが疼いた。

俺がもう一度だけ――思い出せるところ全てを話してくれ、と伝えた時だった。
千代田: ……あ。
千代田の全身が、電流が走ったかのように跳ねた。瞳孔が開き、視線が遠くの一点に釘付けになる。
千代田: いま、見えた。海が……燃えてる。夜の、霧の海が、ずっと遠くまで燃えてて
千代田: 誰かの声がする。……『行きなさい』って。お姉ちゃんの声。お姉ちゃんが、私を押して……
千代田: お姉ちゃんが、どこかに行っちゃう。私の手を振りほどいて……『行きなさい、千代田』って、笑って……
彼女の指が机の縁を爪で掻いた。声が、張り裂けんばかりに細く震えている。
千代田: なんで私、これを覚えてるの!? お姉ちゃんの話は、そこで終わってたのに! 聞いてないはずなのに!!
涙が机に落ちる。彼女は自分の記憶の中に、自分のものではない死を見てしまった。それが姉の最期だと、直感したのだ。
千代田: これは……私の記憶じゃない。……なのに、私の心が痛い。お姉ちゃんが死ぬ時の痛みが、まだ、ここに……
俺は椅子を立てて彼女の隣に回り、肩を抱いた。震えが、小さな体全体から伝わってくる。
提督: いい。それ以上は言わなくていい。……今は此処にいる、それだけでいい。だが俺の胸の奥では、確信が積み上がっていた――この子は、千歳と共に沈み、何かが違う形で帰ってきている

肩を抱いたまま、俺はただ震えが引くのを待った。時間はいくらでもある。何より、この子には休息が必要だった。
千代田: ……ごめんなさい。変なこと言って、泣いて。……約束、破りそうになりました
提督: 破らなくていい。泣くと決めたのはお前自身だが、俺は泣かないと決めたことは一度も聞いていない
千代田: ふふ……なんですかそれ。ずるいですよ、提督
千代田は袖で涙を拭い、深く息を吐いた。そして俺の顔を見て、小さく首を傾げる。
千代田: ねえ。私、たぶん……ちゃんと、私なんですよね? 提督には、そう見えますか
提督: ああ。目の前の千代田は千代田だ。俺はそう見ている
千代田: ……えへへ。ありがとう。それで、十分です
彼女は席を立ち、扉へと向かう。その背に、俺は真実を知る者たちの顔を思った。翔鶴。長門。比叡。――そしてこの子自身が、何も知らずにいるということ。
千代田: じゃあ、お仕事頑張ってくださいね。……あ、そうだ。このこと、みんなには黙っててください? 変なこと言ってたの、恥ずかしいので
扉が閉まる音。午後の執務室に、俺は一人残された。机の上の海図の海が、静かに霧に覆われて見えた。
提督: ……千代田。お前の記憶の矛盾は、俺の知らない場所に繋がっている。だが真相を知る者は、口を閉ざしている。まずは翔鶴から――いや、待て。この子自身が何も知らないとすれば、俺は何を崩してはならないか

Prompt
千代田 おかえり ……何でだろうな俺もお前みたいに何かを忘れてる気がする
PixAI Mio.2
扉が閉まり、足音が遠ざかる。俺は一人、机の上の海図を見つめていた――はずだった。
提督: ……千代田。
声に出したのは、いつもの朝の挨拶だった。俺の口が勝手に、そう言った。
提督: ……おかえり、千代田
閉じた扉が、ゆっくりと引き開けられた。千代田が首だけを覗かせ、きょとんとした顔で俺を見ている。
千代田: ……ただいま、ですか? 私、いまから出て行こうとしたんですけど。えへへ、逆ですね、なんだか
提督: いや……すまん。変なことを言った。……だが、千代田。一つだけ、聞いてくれるか
俺は自分の胸に手を当てた。そこには、確かに何かが欠けている。欠けていることすら、今朝までは気づいていなかったのに。
提督: お前が言っていた『霧』。……俺にも、ある気がするんだ。何かを、忘れている。大きな何かを
千代田の表情から、笑顔が音を立てて消えた。窓の外の波音だけが、急に遠くなった気がした。
千代田: ……提督も、ですか
彼女は扉を押し開けて、ゆっくりと部屋の中へ戻ってきた。その足取りは、まるで大事なものを壊さないように歩く人のそれだった。
千代田は音もなく戻ってきて、机の向かいの椅子に座った。いつもの跳ねるような歩き方は、どこにもなかった。
千代田: ……ねえ。その『忘れている』って、どんな感じですか。教えてもらえますか
提督: ……隣に、誰かがいた。そんな気だけが残ってる。名前が思い出せない。……いや、名前どころか、顔も声も
俺は言葉を継ごうとした。だがその瞬間、胸の奥が、ちくりと痛んだ。
提督: 朝、誰かが味噌汁を……いや、それは千代田か? 違う……誰だったか。あの明るい声。『〜だよ』って、いつも言う……
千代田が、はっと息を呑んだ。彼女の瞳に浮かんだのは、恐怖にも似た了解だった。彼女は、俺が思い出せないものを知っている。
千代田: ……提督。止まって、ください
千代田: それは……追いかけちゃ、だめなやつです。まだ、開けちゃだめな扉だから
提督: ……お前は、それを知っているのか
千代田は答えなかった。ただ、悲しそうに目を伏せた。その沈黙が、答えだった。
千代田: ……私が言えるのは、これだけです。霧の中に、あえて入っていかないこと。……私みたいにならないためです
『私みたいに』――その言葉の意味を、俺はまだ知らない。知らないまま、彼女の細い肩が小さく震えているのを見ていた。

提督: すまない。だが、確かめたいんだ。……俺が何を忘れているのか、一人で
千代田が「だめです」と言うより早く、俺は目を閉じ、霧の向こうへ手を伸ばした。
温かい記憶の欠片。小さな手。転んだ時に差し出された掌。あの声が、名前を呼ぼうとする唇が――
次の瞬間、頭蓋の奥で何かが、鉄の蓋を打ち鳴らした。
激痛。視界が白く焼け、形のある記憶がことごとく霧に呑まれていく。掴もうとした手から、砂が零れるように。
千代田: 提督!!
気づけば、千代田が駆け寄って俺の身体を支えていた。机の角を払って書類が床に散らばる。
千代田: お願いですから……もう、追いかけないで。ね? 約束、してください
俺は目を開けた。霧は引いていた。だが唇に乗せかけたあの名前だけが、消えた墨のように、どこにも残っていなかった。
提督: ……今、俺、何か言いかけてなかったか
千代田: ……言ってませんよ。何も。ええ、何も言ってません
千代田の声が、半瞬遅れた。彼女は――俺が今、何を呼ぼうとしていたのかを、聞いてしまったのだ。

激痛は去り、執務室には夕暮れ前の橙の光が斜めに落ちていた。俺は椅子に座り直し、千代田はそれを見届けるように隣に立った。
提督: ……心配をかけた。大丈夫だ。頭は、もう痛くない
千代田: ……よかった。ほんとに、よかった……
千代田は安堵の息を吐き、それから急に真剣な顔になった。大人たちが秘密を守る時の、あの顔だった。
千代田: 提督。私、変なことばっかり言って、ごめんなさい。……でも、一つだけ、覚えておいてください
千代田: 忘れてることを、責めないであげてください。それは、きっと……誰かが、提督を守るために閉めた扉だから
提督: ……誰か、が
千代田: ……えへへ。秘密、です。私にも、よく分からないので。……今夜はもう、帰りますね
千代田は扉へ向かい、一度だけ振り返った。その瞳はもう泣いていなかった。ただ、静かに決めたものを宿していた。
千代田: ……おやすみなさい、提督。……その、誰かさんの分も、たくさん
扉が閉じ、俺は一人、夕暮れの執務室に残された。机の上の海図は、霧に沈んだ海のように見えた。
提督: ……千代田。お前もか。……この鎮守府は、俺の周りでだけ、静かに嘘で満ちている

Prompt
睦月を呼ぼう こう言う時はいつもあの子が居てくれた居てくれた居たんだ居るんだ居るんだよ居る居るいるイルいるいる
PixAI Mio.2
扉が閉じた後の執務室は、静かだった。窓の外では夕陽が母港の艦影を橙に染めている。俺は海図を見つめたまま、千代田の言葉を反芻していた――誰かが、提督を守るために閉めた扉。
提督: ……睦月。
名前は、何の抵抗もなく出てきた。さっき霧の中で消えたあの名前とは違う。当たり前だ。彼女は生きていて、この鎮守府のどこかにいる。
提督: 睦月を呼ぼう。こう言う時は、いつもあの子がいてくれた。
居てくれた。居たんだ。……居るんだ。
提督: 居るんだよ。居る、居る、いる……イル、いる、いる――
言葉が、呪文みたいに繰り返される。数えるみたいに。自分に聞かせるみたいに。声は廊下へ漏れていった。
俺は自分がしていることに、少しも不審を抱いていなかった。それが何より不気味だと、当の本人だけが知らない。
いつからだろう。彼女の在室を確かめないと、一日が終わらないようになったのは。
その時、廊下の向こうから軽くて弾むような足音が近づいてきた――間違いない、彼女の足音だ。
睦月: てーとく〜? 呼んだ? 何だ何だ、お仕事おしまい?
その声が届いた瞬間、俺の胸の中の霧だけが、音もなく晴れた。
睦月: ん? どうしたのてーとく、そんな顔してぇ。えへへ、睦月ちゃんに会いたかったんでしょ?
扉から飛び込んでくるように現れた妻は、夕陽の中で小首を傾げて笑った。短く切り揃えた髪、赤いネッカチーフ。間違いない、俺の妻だ。
提督: ……ああ。会いたかった。そう言っても、いい。
俺は手を伸ばして、彼女の手を取った。細い、よく知っている手だ。何度も握った、あの手。
その手は、微かに冷たかった。夕暮れの外歩きのせいだ。それだけのことだ。……それだけのことなのに。
睦月: わっ、手、ぎゅーって。どうしたの〜? 今日のてーとく、甘えん坊さんだなぁ
彼女は嫌がらず、握り返してくれた。いつものように。あまりにいつものように。
提督: 睦月。明日も、ここにいるよな。
睦月: あるょ? 当たり前でしょー。ここはうちの家なんだから。
当たり前。彼女はそう言った。俺の胸の奥で、何か小さな氷が鳴った。
なぜだろう。彼女の笑顔を見れば見るほど、その「当たり前」が、硝子細工のように見える。

俺は彼女の手を離さなかった。椅子に座らせようと引き寄せて、気づけば手を握ったまま、机の前に立っていた。
睦月: てーとく? ……変だよ? 今日のてーとく、へん。
彼女の瞳から、いつもの悪戯っぽさが引っ込んでいた。真剣な、娘仕込みの目で俺を見上げている。
提督: ……今日、千代田と妙な話をした。俺は何か、大きな何かを忘れている気がするって。
この子にだけは、言える気がした。俺の妻にだけは。隠す理由が、どこにもないはずだった。
――握り返していた彼女の手が、ごくわずかに、硬くなった。力が、一度だけ、止まった。
睦月: ……忘れてる? てーとく、何それ。おばけの話?
睦月: えへへ、大丈夫だよー。忘れん坊のてーとくには、睦月ちゃんがいるから。
明るい声。完璧な明るさだった。あまりに完璧で――
――一瞬だけ、その声の裏側に、透き通った静かな何かが覗いた気がした。
提督: ……ああ。いるよな。お前が、いる。
彼女は答えず、ただ、握る力を強くした。窓の橙が、紫に沈みかけていた。

窓の外の橙が紫に沈み、執務室に灯りがともる頃、彼女は机の縁から降りて、俺の手を両手で包み込んだ。
睦月: ねー、てーとく。疲れてるんだ。お仕事おしまい。ご飯食べよ?
睦月: ほら、忘れん坊には栄養だよ〜。お魚! 今日はお魚食べた?
お魚。何かが、ちくりと引っかかった。彼女が好んだ夕餉の話……いや、彼女の姉が――。次の瞬間には、その棘は霧に溶けて消えていた。
提督: ……悪いな、睦月。側にいてくれて。
彼女は笑った。その笑顔の端で、一度だけ、睫毛が伏せられた。
睦月: ……うん。いるよ。ずっと、いるから。
ずっと。その言葉が、妙に重く落ちた。彼女自身が、その重さに気づいていないみたいに。
灯りの縁で、彼女の短い髪が揺れる。以前は、もう少し長かった気がする。……いや、そんなことはなかった。なかったはずだ。
疑念が芽生えるたび、何かが優しくそれを摘み取っていく。手放したくないものだけを、残してくれる。その手つきの優しさに、今だけは逆らう気になれなかった。
(――睦月。明日、翔鶴に会おう。……お前には、内緒で)
妻に隠し事をする罪悪感と、千代田の言葉。――まだ、開けちゃだめな扉。俺は彼女の手を、もう少しだけ握り返した。

Prompt
あぁご飯にしよう いつもありがとうな睦月 ……君は沈んでくれるなよ……千代田の時でもかなり堪えたんだ 第二次マレー沖海戦のエンドウ沖の戦いで長月が大破してが全身傷だらけで帰ってきた時だって気が気じゃなかった これが睦月だったらと思うと俺は気が狂いそうだ
PixAI Mio.2
俺は彼女の手を握ったまま、言うべき言葉を言った。それは夕餉の約束と、感謝と――そして、戻れない一言だった。
提督: ああ、ご飯にしよう。……いつもありがとうな、睦月。……君は、沈んでくれるなよ。
彼女の手が、俺の手の中で強ばった。一瞬だけ。雪解けの上を歩くみたいに、力の入れ方がわからなくなる一瞬。
睦月: ……えへへ。何を言い出すの、てーとく。睦月ちゃんはね、沈まないんだよ? ちっとも。ずーっと。
明るい声。完璧な明るさだった。ただ最後の「ずーっと」だけが、ほんの半分ほど遅れて出た。
提督: 千代田の時でも、かなり堪えたんだ。俺は。海の向こうで、あの子が沈んだと聞かされた時の――
その先で、言葉が引っかかった。奇妙な感覚だった。千代田は、生きてこの母港にいる。帰ってきた。それなのに俺の胸の奥には、あの子が沈んだという、確かな重みが残っている。
睦月: ……千代田ちゃんは、ここにいるよ? てーとくの目の前に。えへへ、ほら、変なことばっかり言うんだから
彼女は俺の額を小突いた。いつもの睦月の仕草。だが指先だけが、氷のように冷たかった。
提督: 長月だって、エンドウ沖で大破して、全身傷だらけで帰ってきた。あの子の傷を見た時、俺は……。これが睦月だったらと思うと――
気が狂いそうだ。そう思った。だがその想像だけが、唐突に霧へ溶けた。睦月が沈む姿は、どんなに描こうとしても、輪郭を持たなかった。紙の上の絵みたいに、白い。
提督: ……なんだ。悪い夢を見るような気分だ。さあ、行こう。腹を空かせた提督を、妻が待ってるんだからな
居間には行灯の灯りと、味噌汁の湯気が満ちていた。俺たちの定位置。卓の上には、今日も焼き魚がのっている。
睦月: てーとく、お魚! 今日もお魚だよ〜。ほらほら、頭のところ、身がたっぷり
彼女は俺の皿に箸で身をほぐして乗せてくれた。小骨を丁寧に拾うその手つきは、何度も見た、この部屋の手つきだ。
提督: 上手だな。……お前、焼き魚が得意だったか?
睦月: えへへ〜、まっかせなさい。睦月ちゃんは何でもできるんだから♪
何でも、できる。……ふと、彼女の箸が一瞬だけ止まった。小骨を拾う手が、静止画のように固まって――次の瞬間には、何事もなかったように動いていた。
睦月: ……おかず、まだ残ってるよ? 食べないと、明日のお仕事に差し支えるんだからね
提督: ああ。……そういえば、卯月の声が聞こえないな。今日はもう寝たのか?
睦月: 卯月ちゃん? ……えへへ、あの子はもう夢の中だよ。今夜はおやすみの子だよ
答えが、早すぎた。まるでその質問を、ずっと前から待ち構えていたみたいに。……いや。何を疑っているんだ、俺は。妻が部下の寝息を把握していて、何が変だというんだ。
睦月: はい、あーん。残り一口、睦月ちゃんがあーんしてあげる
俺は照れ隠しに身を乗り出した。彼女の瞳が、灯りの下でほんの一瞬、水面のように揺れて見えた――何かが底に沈んでいる、そんな目だった。

食後。下げられた膳の代わりに湯呑みの湯気が立つ卓で、俺は決めたことを口にした。一度言い出したら、俺は引かない。それを彼女は知っている。
提督: 睦月。一つ、決めたことがある
睦月: ん〜? なーに? お風呂の順番? それとも明日の朝ごはん?
提督: ……もう、お前を海に出さない。出撃の海図から、睦月型の名を外す。長月みたいな帰還は、二度とさせない
彼女の表情が、凍った。初めて見る、笑顔の作り方を忘れた顔だった。
睦月: ……え? ちょっと、待ってよ。それ、睦月ちゃんのこと、ちゃんとした軍艦だと思ってないってこと?
提督: 軍艦だ。だからこそ、だ。俺は……もう、お前を海に渡せない
気が狂いそうだ、と夕方言った言葉の続きが、ここにある。失うのが怖い者は、籠を選ぶ。俺はその瞬間まで、自分がそういう人間だと思っていなかった。
睦月: ……そんなの。そんなの、変だよぉ。睦月ちゃんはね、お迎えもするし、お護りもするんだよ?
彼女は頬を膨らませた。いつもの睦月の仕草。完璧な睦月の仕草。……だがその完璧すぎる仕草の、どこかに、今にも泣きそうな女の子がいた。
睦月: もう。……てーとくってば、甘えん坊。いいよ。じゃあ、その代わり
睦月: 毎晩、ここでお茶を飲んでって、約束して。私が……てーとくを沈めないように、護ってあげるから

結局、俺は居間で眠りに落ちそうになって、彼女に追い立てられるように部屋を出ることになった。
睦月: ほら、お布団! てーとくがそのへんで寝たら風邪ひくんだから。いい大人が〜
提督: ……悪いな、睦月。明日の朝も、よろしく頼む
彼女は笑って手を振った。俺は廊下へ数歩出てから、振り返った。
行灯の残り火のような部屋の中で、彼女は湯呑みを片付けながら、窓の外の暗い海を見ていた。
背中しか見えない。けれどその背中は、さっきまで笑っていた誰かの背中ではなかった。
提督: ……睦月?
睦月: ん〜? なぁに? 早く寝なさいって! ……おやすみ、てーとく
振り向いた顔は、ちゃんと笑っていた。……ちゃんと、という形容が必要なくらいに。
俺は廊下の闇を歩いた。明日、翔鶴に会う。千代田が沈んだはずのない記憶、溶けていく想像、早すぎた答え――その全部の正体を、確かめなければならない。
背後で、行灯の火が小さく揺れた。彼女が灯りを消す音。……その音までが、どこか悲しかった。

Prompt
翔鶴と話す前に信用できる付き合いの長い子に相談……五十鈴 長門 いや叢雲だ アイツは最初の船だ最初から最後まで全てを知ってる(因みに睦月が2番目にやってきた船4番目が如月で7番目が翔鶴だ)
PixAI Mio.2
布団の中で、天井の木目を数えていた。眠りが来ない。背中の奥で、例の霧がまた痒そうにうごめいている。
提督: ……翔鶴に会う前に、だ。もう一人、確かめておきたい相手がいる
候補はすぐに頭に浮かんだ。五十鈴――気は合うが、あの子に話せば心配が心配を呼ぶだけだ。長門――あの人に漏らせば、鎮守府中に『規律』として戻ってくる。
提督: ……叢雲、だ
鎮守府に来た最初の艦。俺が着任したその日から、あいつは桟橋にいた。俺の有頂天も、挫折も、全部最初に見たのはあいつだ。
提督: 最初から、最後まで。俺の全部を知ってる。……あいつ以上に俺を知るやつは、この母港にいない
俺は布団を跳ね除けた。壁の向こうでは、妻がもう寝ているはずだ。音を立てないように、静かに部屋を出る。
夜中の廊下は、自分の足音が他人のものみたいに響いた。月明かりが窓の格子を、床に骨みたいに落としている。
提督: 夜の見張り、まだやってるはずだ。あいつのことだから
あいつは変わらない。十年経っても、嵐の夜も凪の夜も、同じ場所に立っている。それは俺がこの母港で、いちばん確かに知っていることだった。
扉の外は秋の夜気。海の匂いがした。明日、翔鶴に会う。その前に――もう一人だけ、確かめたい。

桟橋の突端に、人影があった。月の下、背筋を伸ばして夜の海を見据えている。一時間前からずっと同じ場所に立っていただろう姿だ。
叢雲: ……足音。寝ろ、提督。こんな時間にうろつく奴は、不審者か不寝者か、どっちかでしょうね
提督: 夜の見張り、まだ続けてたのか、叢雲
叢雲: 別に? あたしはあたしで、やりたいことをやってるだけ。……で? 目の下に隈を作って、何の用
彼女は振り向いた。月明かりを切り取るような鋭い目が、俺を端から端まで値踏みする。変わらない。十年経っても、この目だけは一ミリも変わらない。
提督: ……ちょっと、話がしたくてな。お前にしか聞けない話だ
叢雲: ……ふぅん
短い相槌だった。だが彼女の肩が、ほんの一瞬だけ強ばったのが見えた。あいつはどうでもいいことにはとことん鈍い癖に、肝心なことには一番最初に気づく。
叢雲: ……座りなさいよ、そこ。石段、冷たいけど我慢しな
提督: ……悪いな
俺たちは桟橋の端に並んで座った。黒い海が、月の道だけを銀色に光らせている。波の音だけが、俺たちの間を満たしていた。

沈黙は、あいつといると苦じゃない。俺は波の音をしばらく聞いてから、切り出した。
提督: 叢雲。一つ、聞いてもいいか。……最近の俺を、どう見てる
叢雲: ……は? いきなり何よ。鏡見てきたら? 髭も剃らずに
提督: 馬鹿を言え。……俺は最近、何かを忘れている気がするんだ。大きな、大事な何かを
風が止んだ。波の音だけが、急に大きく聞こえた。叢雲は俺を見なかった。海を見たまま、答えた。
叢雲: ……それは、あんたが自分で掘り返すべき話でしょう
提督: 掘り返せないから聞いてるんだ。手掛かりが、ないんだよ
彼女はようやく振り向いた。そして、俺の目を真っ直ぐに見た。長い、長い睨みだった。月が無ければ、その目だけで夜だった。
叢雲: ……ねぇ、提督。その『大事な何か』。……名前、言える?
名前。俺は口を開いた。開けて――そこには霧があった。言葉の形になる前に、溶けていく何か。
提督: …………っ、……いや。……まだ、いい
叢雲: ……そう

「そう」――だけだった。彼女は追わなかった。それが逆に、何より重く沈んできた。
叢雲: ……あたしね、提督。最初の船だからさ、あんたの『いつもの顔』ってやつを、全種類知ってるの
彼女は月を見上げた。声が、少しだけ柔らかくなった。嵐の夜に、そうする癖だった。
叢雲: 嬉しい顔、悔しい顔、怒った顔。……それから、大事なものを失くした顔
叢雲: ――今のあんた、それを『探してる顔』で見せながら、口だけは一番大事な名前を出さない
心臓が、一度だけ大きく跳んだ。夜風が、背中を撫でた。
提督: ……叢雲、それは
叢雲: 言いたくなきゃ、言わなくていい。あたしは無理強いする趣味、ないし
彼女は立ち上がった。桟橋の板が、軋んだ。夜風が彼女の髪を持ち上げて、また落とす。
叢雲: でもねぇ、一つだけ言っとく。……その名前。あたしの口から出すと、あんた、泣くよ
俺は息を止めた。彼女は俺の返事を待たずに、月の道の向こうへ目を向けた。……翔鶴に会う前の、最後の夜が、長かった。

Prompt
……なぁ叢雲睦月型ここにやってきた時のこと覚えてるか? アイツあの時から元気で無邪気で優しくて頑張り屋で……って話を何十何百回もしてお前さんに愛想を尽かされかけたよな
PixAI Mio.2
彼女は呆れたように鼻を鳴らした。でも、その奥で何かがふっと解けていくのが見えた。
叢雲: ……はいはい。百回は聞いたわよ、その話。耳がタコになりそう
提督: 悪いと思ってる。……だけど、今夜は特別だ。もう一回だけ、聞かせてくれ
叢雲はしばらく俺を見た。それから石段の端に座り直して、月を見上げた。
叢雲: ……あたしが一人だけの時期が、あったのよね。この母港
叢雲: 静かで、広くて。……正直、寂しかったわよ。口が裂けても言わないけど
叢雲: で。二番目の船が来た日のこと。覚えてるわよ、もちろん
叢雲: あんた、その日も朝から緊張しててね。歓迎の挨拶、原稿書いてきたのよ。紙に
提督: ……あ、あれは……式辞みたいなもんで……
叢雲: 艦一隻の到着に式辞よ。馬鹿でしょ。……でも、憎めない馬鹿だったわ
彼女の口調は相変わらずツンとしているのに、語りの呼吸だけはどこか優しかった。俺は何も言わず、聞いていた。
叢雲: さて……どこから話そうかしらねぇ

目を閉じなくても、見えた。あの日の桟橋は、今よりずっと明るくて、ずっと青かった。
叢雲: まずね、あの子。舷梯を降りた途端に、つまずいたのよ
叢雲: 『大丈夫だよ!』って言いながら、一回転してね。その拍子に、あんたの書いた歓迎原稿が風で飛んだ
提督: ……そう……だったっけ……
叢雲: そうよ。で、慌てて拾おうとしたあんたの目の前に、真っ先に手を差し出したのがあの子
叢雲: 『初めまして、睦月だよ♪ 睦月ちゃんって呼んでね!』――大声でね。港中に鳴り響いたの
差し出された小さな手。散らばった原稿。俺は何をすればいいのか分からなくて、ただ立っていた。
叢雲: あんた、握手もせずに固まってたのよ。あたしは横で、死ぬほど恥ずかしかったわ
提督: ……悪かったな。……で、その後、母港は少しずつ賑やかになっていった
叢雲: 五十鈴、如月……って、順番にね。あの子がいつも先頭に立って、みんなの手を引いて歩いてた
叢雲: この母港に『家族』ってものが出来た日の、空の色。あたしは今でも覚えてる
月明かりの桟橋に、あの日の青空が一瞬だけ重なった。……懐かしい。ひどく、懐かしい。胸の奥が、あたたかくて痛い。

話が終わって、波の音が戻ってきた。俺の頬が、知らぬ間に緩んでいた。懐かしい話は、いつも魔法みたいに効く。
叢雲: ……で、提督。一つだけ、気づいてる?
提督: ……なんだ
叢雲: 今の話。あんたの大好きな、何百回目かのバージョン
叢雲: 『元気』『無邪気』『優しい』『頑張り屋』。……形容詞は、全部出たわよ
叢雲: ――でも、名前。あの子の名前、一回も出なかった
心臓が、氷のように冷えた。背中の奥で、例の霧がゆっくり身じろぎした。
提督: ……そ、そんなことは……
叢雲: 言ってみてよ、今。ここで。一言でいいから
口を開こうとして、分かった。喉の奥が、氷で塞がっている。名前の最初の一音すら、形になる前に溶けていく。
提督: ………………
叢雲: ……やっぱり、ね

叢雲: ……ねぇ。ここには、あたししかいない
叢雲: 誰にも聞かれない。明日のあんたも、今日のあんたも、いない
叢雲: だから、言いなよ。一回だけ。……あたしの口じゃなくて、あんたの口で
彼女の手が、俺の肩に置かれた。冷たくて、強い手だった。
俺は口を開いた。名前の、最初の一音を。
提督: む……っ……
――頭の中で、霧が牙を剥いた。激痛。音のない、白い咆哮。視界の端が、粉塵みたいに白んでいく。
提督: ぐっ……、く、そ……っ……!
叢雲: 息、吐きなさいよ。深く。……あたしがここにいる
叢雲の声だけが、白い霧の中で輪郭を保っていた。俺は必死に呼吸を続けた。波の音に合わせて。
提督: ……はぁ……はぁ……。名前が……消えちまった。口の先で、消えた……
叢雲: ……今日は、それでいい。焦んな。あんたは明日、翔鷴に会うんでしょ

Prompt
何でだろうな……! 意識してない時は言えてるのに意識するとまるでガムテープをされてるみたいな!!
PixAI Mio.2
叢雲: 「……は? 待ちなさいよ、今の」
叢雲: 『意識してない時は言えてる』って……何よそれ。どういうこと?
提督: 「あ……ああ、そうなんだよ! 何気ない時は、普通に出るんだ。朝とか、ふとした瞬間に——」
そこで、俺は自分の言葉に凍りついた。朝。毎朝の、定例のお茶。
提督: 「毎朝……『おはよう、睦月』って、言ってる……」
叢雲: 「……」
叢雲が、息を止めたのが分かった。夜風だけが、桟橋の板を鳴らし続けている。
叢雲: 「……ねぇ。試してみなさいよ、今ここで。呼ぶみたいに。誰かに届けるみたいに」
俺は夜の海に向かって、母港中に聞こえるくらいの、ただの呼び声のつもりで口を開いた。
提督: 「おーい、睦月ー! 晩飯できたぞー!」
――出た。何の抵抗もなく、名前が口から転がり出ていた。あのガムテープは、いつの間にか剥がれていた。
叢雲: 「……! あんた、それ、普通に……言えたわよ……」
叢雲は長い沈黙の後、ゆっくりと海に背を向けた。月明かりの下で、彼女の横顔が強張っている。
叢雲: 「……あたしは、あの日の夜、見送ったのよ。轟沈の報が来て……母港のみんなで、海に向かって」
叢雲: だから……今のあんたの言葉が、あたしにはどう聞こえたか……分かる?
提督: 「……? どう、いう——」
叢雲: 「死んだ人の名前を、毎朝、生き声で呼んでる男が、目の前にいるのよ」
彼女の声は震えていなかった。代わりに、凍っていた。氷の下を流れる水みたいに、静かで、底冷えがする。
叢雲: 「……いえ。違うわね。あんたは、そう思ってない。あんたの中では、あの子は生きてる」
提督: 「当たり前だろ。今朝も、隣でお茶を飲んで……笑ってた」
叢雲: 「……その『今朝』の話を聞かせて。どんな髪の。どんな顔の」
提督: 「短い髪で、赤いスカーフを巻いて、いつも笑ってる。……俺の、妻だよ」
叢雲の目が、一瞬だけ、何かを見定めるように細くなった。彼女は何かを言いかけて——止めた。
叢雲: 「……そう。そうでしょうね。……あたしは、あの子の顔を、まともに見たことがないのよ。夜番だから、って言い訳してね」

叢雲はゆっくり呼吸を整え、石段に座り直した。狼狽を棚に片付けて、いつものツンとした顔を取り戻すまでの、数秒の工程。
叢雲: 「……いい? 聞くところによると、ね」
叢雲: 「あんたのその『ガムテープ』、名前に貼られてるんじゃないと思うのよ」
提督: 「……じゃあ、何に貼られてるんだ」
叢雲: 「『何か』に。あんたが思い出せない『何か』に、名前がくっついてる。名前を引っ張ると、そっちに引きずられて痛いだけ」
胃の底が、冷えた。
叢雲: 「毎朝、呼べるのは道理なのよ。あんたは朝、目の前の生きてる人に名前を届けてる。今夜やろうとしたのは、記憶の中から名前を引っ張り出すこと。……そっちは扉の向こうよ」
提督: 「同じ名前が……朝と夜で、別の場所に届いてる、ってことか……」
叢雲: 「だから、一つだけ約束なさい。『睦月ちゃん』の前で、決して無理に名前を試さないこと。あんたが痛がる姿、あの子に見せたらだめよ」
提督: 「……なぜ、そこまで」
叢雲: 「……女の勘、ってやつよ。それと、翔鶴さんなら何か知ってるかもしれないでしょ。あたしは夜番だから、ね」
彼女はわざと軽く肩をすくめた。その仕草が、隠そうとしている何かの影を、一瞬だけ見せた気がした。

空の淵が、わずかに青白くなり始めていた。夜明けまで、まだ間がある。でも俺の足は、もう朝へ向き始めていた。
提督: 「叢雲。……聞いてくれて、ありがとう」
叢雲: 「別に。あたしは夜番だから。——それだけの話よ」
だけど、その口調の端は、いつもよりずっと柔らかかった。
叢雲: 「……提督。最後に一つだけ」
叢雲: 「あんたが今日、名前を言えた時の顔。……あれは、笑ってたわよ」
提督: 「……え?」
叢雲: 「馬鹿みたいに嬉しそうな顔。何百回も見せられて、ようやく今日、気づいたのよ。——あんたは『話』をしてたんじゃない。あの子のことを、ずっと探してたのね」
胸の奥で、何かが灯った。小さな、消えそうな、でも確かな灯。
提督: 「……行くぞ。朝が来る。まず翔鶴に会って、それから——」
叢雲: 「ええ。それから、いつもの『おはよう』を。……あんたらしく、ね」
俺は桟橋を後にした。背後の夜番の視線を感じながら、青く明ける朝の中へ、一歩ずつ踏み出していく。

Prompt
「まずは翔鶴に会おう。この“ガムテープ”の正体を、あの人なら知っている」
PixAI Mio.2
夜明けの桟橋を、俺は一歩ずつ後にした。背中にはまだ叢雲の言葉がへばりついている。
提督: 「……封印は、名前じゃなくて『何か』に貼られてる。……か」
だったら、その『何か』の正体を知る奴が、母港にいたはずだ。俺より古くからここにいて、全部を見てきた大人。
提督: 「……翔鶴か。お前しかいねえよ、この時間に話せる奴は」
港がゆっくり目を覚まし始めていた。煙突の湯気、遠くの号令声。まだ寝ている艦娘たちの夢の匂い。
翔鶴なら、毎朝の水やりで中庭にいる。この時間なら、誰もいない。誰の耳にも入らない話ができる。
回廊の朝露を踏みながら、俺は胸の中で言霊を組み立て続けた。
提督: 「……聞くぞ。俺が忘れているもの。それが何なのか、全部」
胸が早鐘を打つ。封印の核心に、生身で触れる覚悟。
足取りは重いのに、なぜか心はずっと軽かった。……朝の光が、回廊の向こうで待っていた。
中庭に抜けると、朝日が花壇の露をキラキラと照らしていた。
そして――そこに、翔鶴がいた。じょうろを傾けながら、いつも通りに花に水をやり、朝の光を浴びている。
翔鶴: 「あら、提督。……おはようございますですわ。おや、ずいぶんと朝早いですこと」
提督: 「おう、朝早くにすまん。……少し、話がある」
翔鶴はじょうろを置き、俺の顔をまっすぐに見た。その瞳が、ほんの一瞬、揺れたように見えた。
翔鶴: 「まあ……その、お顔。ずいぶんと真剣ですわね。一晩眠っていないお顔立ちですこと」
提督: 「……分かるか。まあ、それくらいの話だ」
彼女は一つ溜息をついて――それから、いつもの柔らかな微笑みを被り直した。
翔鶴: 「……どうぞ、縁側へ。朝餉前のお茶くらいは、お出しできますわ」
提督: 「……茶は、いい。聞きたいのは一つだけなんだ」
翔鶴の手が、膝の上で静かに握りしめられた。
翔鶴: 「……はい。仰ってくださいまし。――何でしょうか」

縁側に並んで座る。朝日がまだ低く、二人の影を長く伸ばしていた。
提督: 「昨夜、叢雲と話した。……俺は、大事な何かを忘れている。記憶の一部が、霧の向こうにある」
翔鶴は何も言わなかった。ただ、膝の上の手を、ギュッと強く握りしめた。
提督: 「睦月の名前を思い出そうとすると、頭が裂けるように痛む。でも、目の前で呼べば普通に出る。……なあ翔鶴。お前なら、これが何を意味してるか分かるだろ」
翔鶴: 「……提督。一つ、お聞きしますわ」
彼女は俺の目を見ず、花壇の向こうの朝日を見つめたまま、静かに尋ねた。
翔鶴: 「あなたは今……幸せですこと?」
提督: 「……は? なんだ、急に」
翔鶴: 「毎朝の、そのお茶。……奥様と過ごす、その時間は、幸せですわね」
心臓が、跳ねた。――毎朝のお茶を、彼女は知っていた。妻との定例を、当たり前のように。
提督: 「……なぜ、それを知ってる。俺は誰にも話してねえぞ、その……定例のことは」
翔鶴は微笑んだ。その微笑みが、朝の光の中で少しだけ、哀しみに染まって見えた。

翔鶴: 「……ごめんなさいですわ。私がお答えできることは、何一つありません」
提督: 「翔鶴……! お前までが、隠すのか」
彼女は首を振った。その仕草は、拒絶ではなく、耐え忍びだった。
翔鶴: 「隠しているのでは……ありませんの。けれど、これだけは申し上げます」
彼女の瞳が、潤みそうなのを必死で堪えていた。
翔鶴: 「あなたが忘れているものは……決して、あなたを恨んでなどいません。むしろ……あなたのその朝のお茶が、ずっとずっと続きますようにと……祈っている方が、ここにいらっしゃいますの」
提督: 「……誰が……だ」
翔鶴: 「お名前は、申し上げられませんわ。……けれど、扉のことだけは、お伝えします」
彼女は縁側から立ち上がり、深く頭を下げた。
翔鶴: 「扉は、あなたご自身のお手で開けるものですわ。誰かがこじ開けて差し上げたら……開いた瞬間に、あなたは壊れてしまいますこと」
千代田の言葉と、重なった。誰かが、俺を守るために閉めた扉。
翔鶴: 「さあ、もう朝餉のお支度の時間ですわ。……奥様が、お待ちかねですこと」

Prompt
なぁ睦月……着任した時の事覚えてるか? ちょうど昨晩叢雲と話しててな……
PixAI Mio.2
執務室に戻ると、いつもの朝の光が机に落ちていた。盆にお茶を載せた睦月が、笑顔で待っていてくれた。
睦月: 「おはようだよ♪ 提督、お茶淹れたんだ。……あ、今日はちょっとだけ、淹れすぎちゃった♪」
湯呑みを受け取る。猫舌の俺にはいつもより熱い。……変わらない朝だ。変わらないはずの、朝だ。
提督: 「なぁ、睦月。……一つ、聞きたいことがある」
睦月: 「ん? なになに? ……え、改まってどうしたんだよ」
提督: 「……お前が着任した日のこと。覚えてるか」
湯呑みを置く彼女の手が、ほんの一瞬、止まった。俺の目には見えた。
睦月: 「……え? どうしたんだよ急に。そんなの、覚えてるに決まってるじゃん♪」
提督: 「いや……昨晩、叢雲と話しててな。お前が来た日の話になったんだよ」
叢雲。その名に、彼女の肩が微かに強張った――俺に見えないほど小さく、それでも確かに。
睦月: 「……ふぅん。叢雲ちゃんと、話してたんだ。……ねぇ、叢雲ちゃん、なんて言ってた?」
その声は、いつもの無邪気さより、少しだけ低く聞こえた。

彼女は膝を正して、湯呑みを両手で包み、ゆっくりと話し始めた。
睦月: 「睦月ちゃんねぇ、着任の日に舷梯でつまずいて、一回転しちゃったんだよ♪ 港のみんな、びっくりしちゃって」
提督: 「……ああ、それは叢雲からも聞いた。転んだあと、慌てて髪を直してたそうだな」
睦月: 「えへへ……バレてたんだ。それでね、提督の『歓迎の言葉』がね、風で飛んじゃったんだよ♪」
話が、細かかった。叢雲の語った記憶と寸分違わない。……いや、それ以上に細かい。
睦月: 「真っ白な原稿がね、ばらばらって空に舞って……提督、すっごい困った顔してた。でもね、睦月ちゃんがあの日一番見たのはね」
提督: 「……一番、見たのは?」
睦月: 「……手。差し出された手だよ。『初めまして、睦月だよ♪ 睦月ちゃんって呼んでね』って……言えたんだよ、睦月ちゃん」
空の青。風の音。舞い散る紙。胸の奥で、確かに何かが灯った。――そして同時に、針の先のような痛みが、走った。
提督: 「……ああ。俺も、覚えてる気がする。お前のその笑顔を、俺はずっと……」
言いかけて、俺は気づいた。彼女の目が、潤んでいた。笑顔のまま、涙だけが先にあふれていた。
睦月: 「……ごめん、提督。ちょっとだけ、嬉しすぎちゃった。……嬉しいんだよ。思い出してくれて」

けれど、湯呑みを口に運ぶ俺の手は、止まっていた。
……違和感。話が、細かすぎる。
叢雲の話は、遠くから見た記憶だった。けれど彼女の話は――あの日、桟橋に立っていた誰かの、目線の話だった。
提督: 「なぁ、睦月。……その時、如月のやつのことも覚えてるか。あいつも居ただろ、確か」
彼女の呼吸が、止まった。……俺にも、それが分かった。
睦月: 「……如月ちゃん? うん、いたよ。如月ちゃん、ずっと後ろの方でね、じっと……提督と睦月ちゃんのこと、見てたんだよ」
睦月: 「嬉しそうな顔でね。ねぇ提督、如月ちゃんってば、その日の提督のこと、ずーっとずーっと見てたんだよ。……変な妹でしょ♪」
俺は、彼女の手を見た。膝の上で、きつく握りしめられた白い指。
提督: 「……叢雲が言ってたよ。お前が来た日、港に『家族』ができたんだってな」
睦月: 「……うん。家族、だよ。……ずっと、ずーっと、家族なんだよ」
その「ずっと」だけが、少しだけ強かった。俺は、何も言えなかった。
睦月: 「……ねぇ、提督。……ねぇ」

窓の外では、母港の朝が満ちていた。遠くから演習の号令、汽笛の音。
睦月: 「……ねぇ、提督。叢雲ちゃん、他にも何か言ってなかった?」
提督: 「……いや。ただ、俺が『何かを忘れてる』みたいな話は、ちょっとした……」
言った瞬間、彼女の顔から、笑顔が消えた。
睦月: 「…………忘れてる。……提督、何を?」
静かな声だった。静かすぎて、怖いほどだった。
提督: 「……分からねえよ。だから聞いてるんだ、お前に。……いや、いい。今日はこの話はやめだ」
俺は笑って見せた。彼女は――ほっとしたように、でもまだ完全じゃない顔で、笑い返した。
睦月: 「……そうだよ! 忘れ物なんてないんだよ、ここには。……ね?」
湯呑みの中のお茶が、静かに揺れていた。
朝の光が、二人の間の何もない空気をただ温めていた。……それでも俺は、湯呑みの向こうの彼女の目を、見返していた。
彼女の語った着任の日は、余りにも細かすぎた。……遠くから見た記憶じゃない。誰かの、目線の記憶だった。

Prompt
まるで昨日千代田が話した話のようだまるで当事者と別な目線の……
PixAI Mio.2
つぶやきは、思ったよりも大きく漏れていた。……千代田。昨日の、あの話。
睦月: 「え? なんか言った? 提督」
提督: 「……いや。独り言だ」
彼女は小首を傾げたけれど、それ以上は追ってこなかった。湯呑みを両手で包んで、ふうっと息を吐く。
俺の頭の中では、二つの話が並んでいた。睦月の着任の日の話。そして昨日、千代田が語った千歳の話。
千歳が着任した日のこと——舷梯の軋み、あの日吹いていた風の匂いまで、あの子は語った。当事者は千歳のはずなのに。
提督: (……語り手の目線は、その場に立っていた誰かのものだった。睦月の着任の日の話と、同じだ)
偶然、一度ならいい。同じ形の違和感が、二人分並んだ。これはもう、偶然じゃない。
提督: 「……なぁ、睦月」
睦月: 「ん? なに?」
提督: 「千代田のやつ、このところ姉さんの話ばかりしてるだろ。……お前も、聞いたことあるか」
湯呑みを包んでいた彼女の指が、ほんの一瞬だけ、止まったように見えた。
「……千代田ちゃん?」彼女はほんの一瞬きょとんとして、それから、ふっと笑った。
睦月: 「聞いてるよ、昨日も。居間で皆でね、千歳ちゃんの自慢話、いっぱいしてくれたんだよ♪」
提督: 「……ああ、そうだな。あの子、姉さんのことになると目の色が変わるからな」
睦月: 「えへへ。お姉ちゃんっ子なんだよね、千代田ちゃん。……大好きなんだよ、きっと」
明るい声だった。完璧な明るい声だった。……完璧すぎて、かえって耳に残る。
俺は記憶をなぞっていた。昨日の居間。千代田が語った千歳の着任の日の話。舷梯、風、差し出された手——細部まで、鮮やかに。
当事者は千歳のはずなのに。あの子の目線は、その場に立っていた誰かのものだった。まるで今朝の睦月の語りと、同じ形で。
睦月: 「……ただね。千代田ちゃんの話、最後のところだけはね……ちょっと、苦手かも」
提督: 「……苦手?」
彼女はそこで言葉を切った。湯呑みの水面が、静かに揺れていた。
睦月: 「あの子の目がね……ちがう場所を見てるんだよ。……ううん。ちがう『とき』を、見てるのかも」
言った直後、彼女自身がはっとしたように息を呑んだ。まるで、言ってはいけない言葉を、自分で口から出してしまったように。

「……なんてね♪ 美容院の帰りとか、そういうの見るでしょ、ああいうの」
睦月: 「気にしない気にしない。千代田ちゃんは元気いっぱいだよ♪」
俺は頷いた。頷きながら、指先で湯呑みの縁をなぞっていた。……「ちがうとき」。彼女はそう言いかけて、飲み込んだ。
提督: 「なぁ。千歳のやつさ……あいつの着任の日、お前覚えてるか」
彼女の眉が、ほんの少し上がった。驚きというより、計算の続きを止められた顔だった。
睦月: 「……どうしたんだよ、急に。千歳ちゃんの話なんて」
提督: 「いや……千代田が語る千歳と、俺の覚えてる千歳が、ちょっとだけずれてる気がしてな」
嘘じゃない。だが半分だけ、針だった。彼女の喉が、小さく動いた。
睦月: 「……ふぅん。そういうことも、あるよね」
笑顔。どこまでも優しくて、どこか遠くにいる笑顔。
睦月: 「……おかわり、淹れようか? 提督」
彼女は立ち上がった。背中で話を終える仕草だった。

湯を注ぐ音。窓の外の汽笛。何も変わらない朝の音。ただ彼女の背中だけが、少しだけ硬かった。
睦月: 「……ねぇ、提督。睦月ちゃん、ひとつだけ言っていい?」
提督: 「……なんだ」
睦月: 「千代田ちゃんのこと、深追いしちゃだめだよ。……あの子はね、あれで幸せなんだ」
振り向いた彼女の目が、真剣だった。笑っていながら、真剣だった。
睦月: 「壊さないで。お願いだから。……それだけは、約束して」
提督: 「……壊す? 俺が、何を」
彼女は答えなかった。ただ、新しい湯呑みを俺の前に置いた。湯気が、二人の間をふわりと昇って消えた。
二つの証言。どちらも、当事者ではない誰かが——当事者の目線で語っていた。
誰かが、誰かの記憶を運んでいる。この港のどこかで、そういうことが起きている。
提督: 「……分かった。今日はこれ以上、聞かない」
俺は湯呑みを手に取った。熱さが掌にじんと染みる。……「えへへ♪ 美味しい?」その「それでいいんだよ」の意味を、俺はまだ知らない。

Prompt
この違和感は昨日千代田が話した話を思い出す まるで当事者とは違う目線の
PixAI Mio.2
二つの話が、頭の中でぴたりと重なった。昨日の千代田の千歳語り。そして今朝の、睦月の着任日語り。
どちらも、当事者でない誰かの目線で語られていた。その場に立って見たはずの景色を、その場に立っていなかった誰かが、細部まで語っていた。
違和感が、初めて形を持った。……これは、見間違いじゃない。
提督: 「……千代田の話と、同じだ」
睦月: 「ん? なにか言った、提督?」
提督: 「いや……海図とにらめっこしてただけだ」
彼女は笑って受け流した。だが俺の指は、海図の縁を押さえたまま、動かない。
千歳は当事者のはずだ。だが千代田の語り手は千歳ではなかった。
そして睦月の着任日——語り手は睦月本人のはずなのに、俺は今朝、迎える側の目線で語られた景色を聞いていた。
(……「はず」。その言葉が、妙に頼りない)
睦月: 「ねぇねぇ、そんな難しい顔しないでよ〜♪ 何か問題でも起きたの?」
机越しに覗き込んでくる顔。あどけない笑顔。……その裏で、何かが凪いでいる気がした。
俺は海図を伏せた。隠すほどのものじゃない。……だが、手が勝手に動いた。
睦月: 「ふぅん? 海図にしてはずいぶん難しい顔だよ♪ 眉間に皺、くっきりだよ?」
提督: 「……昔の海図を見直してただけだ。着任当時の海域の」
彼女の睫毛が、一度だけ、揺れた。一瞬のこと。誰も気づかない程度のこと。
睦月: 「着任当時……? えへへ、なつかしいね。睦月ちゃん、いっぱい失敗した年だよ♪」
提督: 「そうだな。……舷梯で一回転したんだっけ、お前」
睦月: 「そうそう! 歓迎の原稿も風に飛ばされて、もうぐちゃぐちゃだったんだよ〜」
彼女は楽しそうに語り続けた。俺は頷きながら、その語りの内側だけを、静かに掬っていた。
……あった。「睦月ちゃん、転んじゃったんだよ〜」。——当事者なら、言うはずだ。「転んじゃった」と。
三人称の目線なら、「睦月ちゃんが転んじゃった」と言う。今朝の語りは——後者だった。
決定的な何かではない。だが、確かにそこに在った。千代田の語りと、同じ形で。
睦月: 「……ねぇ? 聞いてる〜? 提督、お昼、なに食べたい?」

提督: 「ああ、聞いてるよ。……すまない、少し疲れてるだけだ」
睦月: 「〜っ。だめだよ、体は大事にしなきゃ! 今夜は睦月ちゃん、がんばってごはん作るからね♪」
提督: 「……ああ。楽しみにしてるよ」
彼女は満足げに笑って、湯呑みを盆に載せ始めた。窓の光を背負ったその背中は、どこまでいっても明るかった。
俺はその背中を見ながら、もう一度だけ、今朝の語りをなぞった。
睦月の着任の日。俺の記憶にも、あの日はある。舷梯の軋み。飛んだ原稿。あどけない敬礼。
だが俺の目線は、いつだって迎える側のものだった。桟橋の上から、舷梯を上がる彼女を見下ろす側の。
彼女が語った景色は——その、俺の隣の景色と、寸分違わなかった。
当事者の睦月なら、舷梯の上から見るはずの景色を。彼女は、俺の隣に立って見た景色を語った。
誰かの記憶が、彼女の中にある。——それ以外の説明が、もう思いつかなかった。
睦月: 「じゃあね提督、お昼までお仕事がんばってね〜♪ 12時ちょうどに呼びに来るから!」
ドアが閉まった。足音が廊下の先で消えて、執務室に、静けさが戻った。

静かになった部屋で、俺は引き出しの奥から、古い台帳を引き出した。
着任記録。蒼い表紙、角の擦れた手書きの台帳。この鎮守府の始まりから、一行ずつ綴られている。
指がページをめくる。叢雲。睦月。五十鈴。如月。長門。比叡。翔鶴——そして、千歳。千代田。
千代田の欄に指を止めた。……日付が、記憶と違う。
俺の記憶の中の千代田は、ずいぶん前からこの港にいたはずだった。あの頃、母港にいたはずの顔。
だが台帳に記された着任の日付は、俺の記憶よりもずっと、後だった。
(……何が、おかしい。俺の記憶が錯覚しているのか。それとも——)
台帳の文字が、ふっと滲んだように見えた。目を閉じる。頭の中で、昨日の千代田の声が蘇る。
提督: 「……『誰かが、提督を守るために、扉を閉めたんだって』」
千代田はそう言って、笑顔のまま去った。あの子は、何かを知っていた。いや——あの子の中の、誰かが。
目線の違和感。ちがう『とき』を見る目。ずれた着任の日付。糸は、すべて千代田に繋がっている。
俺は台帳を閉じ、引き出しに戻した。……確かめるなら、今日のうちだ。午後の演習までに、時間はある。

PixAI Mio.2
厨房の扉を開けると、湯気と洗い桶の音が、俺を迎えた。
カウンターの向こうで、慣れた手つきで鍋を洗う背中。この鎮守府の胃袋は、いつだって彼女が支えている。
比叡: 「あ、提督だ♪」
比叡: 「おやおや、こんな時間に珍しいね。お昼まだなの? ならすぐ作るよ」
提督: 「いや、腹はいいんだ。比叡。……少し、時間いいか」
彼女の手が止まった。泡のついた手首をエプロンで拭いながら、振り向いた顔が少しだけ、真剣になった。
比叡: 「……えへへ。提督に頼まれたら、いくらでもあるけど?」
比叡: 「でもその顔はね〜、『話がある』の顔だよ。私、妹分の中では察しのいい方なの」
彼女は手近の椅子を引いてくれた。麦茶のポットも、文句ひとつ言わずに運んでくる。
比叡: 「ちょうど片付け、終わったところだから。……さ、どうぞ♪」

カウンター越しに麦茶を受け取る。窓の光が、湯呑みの縁で細く光った。
比叡: 「で? どしたの提督。そんな顔で麦茶飲まれたら、美味しくならないよ?」
提督: 「……比叡。一つ、聞いてもいいか」
比叡: 「うん」
提督: 「艦娘の記憶ってさ……他人に、移ることってあるのか」
注ごうとしていた麦茶が、ポットの中で静かに凪いだ。彼女の顔から、笑顔がゆっくり消えていく。
比叡: 「……ずいぶん、突拍子もない質問だねえ」
提督: 「冗談じゃない。真剣に聞いてる」
比叡: 「……知ってるよ。提督がそんな顔をする時は、いつも冗談じゃないの」
俺は昨日の千代田の語りを、できるだけ素直に並べた。姉さんの着任の日。舷梯。風。差し出された手。
提督: 「当事者のはずの千歳の目線じゃない。その場に立ってた誰かの目線なんだ。細部まで、鮮やかに。……それに、千代田自身の着任の日付が、台帳の数字と俺の記憶とでずれてる気がする」
彼女は湯呑みを両手で包んだ。答える前に、長い沈黙を選んだ。

比叡: 「……記憶はね、提督。移ったりしないよ」
比叡: 「艦の魂は一隻ずつだ。誰かの中に誰かが住むなんて……そんなこと、あるわけない」
提督: 「……そうか。やっぱり、俺の考え過ぎか」
比叡: 「——だ、が。ね」
彼女は言葉を繋いだ。麦茶の縁を、指先でゆっくり撫でながら。
比叡: 「二代目の子たちはね……時々、不思議な子がいるの」
比叡: 「轟沈した姉妹艦の話を、まるで自分で見たみたいに語る子が。……本人は『聞いた話』だと思ってる。それだけのことなんだけど」
提督: 「……千代田も、その『それだけのこと』の中にいるのか」
彼女は答えなかった。代わりに、まっすぐな目が俺を見た。
比叡: 「千代田ちゃんを、追い詰めないでほしいの」
比叡: 「あの子のあの笑顔はね……一生懸命で、やっと手に入れたものだから」

窓の外で、汽笛が遠く鳴った。午後の演習まで、時間が少なくなっている。
提督: 「……演習の時間だな。そろそろ行かないと」
比叡: 「あ、待って。最後にね」
彼女は椅子から立ち上がり、カウンター越しに身を少し乗り出した。声を落として。
比叡: 「……そういう『目線』の話ってさ。他にも例があるんじゃないかなあ、って」
提督: 「……例?」
比叡: 「提督の、周りにね」
俺は麦茶を置く手を止めた。彼女の瞳は笑っていながら、どこか謝るように揺れていた。
提督: 「……比叡。お前、何か知ってるだろ」
比叡: 「……えへへ。私は何も知らないよ♪ ただの料理番だよ?」
とぼけるのが下手な嘘だった。だが彼女はこれ以上、開かなかった。扉は、内側から閉じられていた。
俺は礼を言って厨房を出た。ずれた台帳の数字、二代目の話、そして「周りに例がある」という一言。——糸は、俺のすぐ隣まで、来ていた。

Prompt
夜番も料理番も最後に言う言葉はおんなじか……如月に聞いてみるか昼まで時間があるしな
PixAI Mio.2
俺は椅子から立ち上がった。カウンターの向こうで、比叡が顔を上げる。
比叡: 「あ、もう行っちゃうの? ケーキ焼きたてだよ?♪」
提督: 「後で貰う。楽しみにしててくれ」
比叡: 「えへへ。約束ね、提督♪」
扉に向かう俺の背中に、彼女の声がひとつ、静かに追いてきた。
比叡: 「……提督。千代田ちゃんのことはね、『謎』のままにしておくのが優しさ、ってこともあるのよ?」
振り返ると、彼女はいつもの笑顔のままだった。だが俺は、そのとぼけ方に強い既視感を覚えた。
(……夜番の叢雲も、そうだった。「大事な何かを忘れてる」と俺が言った夜、あの子は同じ壁を見せた)
夜番も、料理番も。最後に言う言葉が、似ている。——いや、似ているだけじゃないかもしれない。
(比叡が言った。「目線の話は他にも例がある、提督の周りに」……なら、次は如月だ。朝のあの子は、何かを言いかけて飲み込んだ)
提督: 「比叡、午後の演習まで、まだ時間あるか」
比叡: 「あと一時間ちょっと、かな? ……え。如月ちゃんのところに行くの? …………そう」
厨房を出て渡り廊下を抜けると、中庭に白いシーツがはためいていた。
物干し竿に布を掛ける、見慣れた長い髪。……如月だ。
(朝の執務室で、彼女は「ちがう『とき』を見てる」と言いかけて、口をつぐんだ。あの続きは、まだ俺の手中にない)
比叡の言葉を思い出す。目線の話は、他にも例がある。提督の周りに。
如月: 「——提督」
彼女がこちらに気づいた。手を止めて、一瞬だけ、呼吸を整えるような間があった。それから、いつもの静かな表情に戻る。
如月: 「……お洗濯、手伝いますか。シーツも多いので」
提督: 「ああ、手伝う。……だが、少し話がしたくてな」
彼女はシーツを最後の一枚まで竿に掛け終えてから、ようやくこちらを向いた。真っ直ぐな、透き通った目だった。
如月: 「……どうぞ」
短い返事。朝からずっと、彼女はこうだった。壁を作るというより、扉を一枚だけ、残してくれているような。
俺は物干し竿の横に立ち、風の音だけが二人の間を通り過ぎるのを、少しだけ待った。

「比叡が言ってた。『目線の話は他にも例がある、提督の周りに』って。——如月、お前はどう思う」
風が、シーツを大きく揺らした。彼女の睫毛が、それより少しだけ早く揺れた。
如月: 「……比叡さんって、意地悪なことを言うんですね」
如月: 「でも……ええ。あると思います。この鎮守府には、誰かのために口を閉ざす人が、たくさんいますから」
提督: 「……『誰かのため』か。——如月、お前もその一人か」
彼女はすぐには答えなかった。乾いたシーツの匂いを確かめるように、布の端をゆっくり撫でた。
如月: 「……私が口を閉ざすのは。いつも、同じ理由ですから」
提督: 「同じ理由?」
彼女は顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見た。その目は静かで、どこか、ずっと先を見ているように澄んでいた。
如月: 「……提督の隣に、睦月さんがいるから。です」
——隣にいるから。それが、口を閉ざす理由?
俺の中で、何かが小さく、鋭く引っかかった。妻がいることと、彼女の沈黙が、どうして繋がるというのだろう。

提督: 「……どういう意味だ。俺の隣に妻がいることと、お前の沈黙に、何の繋がりがある」
彼女は静かに首を振った。その仕草の優しさが、かえって壁の高さを教えてくれた。
如月: 「……今は、まだ。としか、申せません」
如月: 「朝、申しかけた言葉の続きは……『とき』が満ちてから。ね?」
朝と同じだった。彼女もまた、扉の内側に立って、鍵を握ったまま、見せてくれない。
提督: 「比叡も、叢雲も、お前も。……みんな、同じ台詞で、同じ壁を見せる」
偶然にしては、整い過ぎていた。まるで誰かが先に決めて、全員に渡り合わせた台本みたいに。
如月: 「……ええ。だからこそ、その壁は、壊すものではないと私は思います」
彼女は洗濯籠を抱え直し、静かに頭を下げた。長い髪が風に揺れて、日差しの中で薄く光った。
如月: 「……シーツ、取り込みますから。提督は演習の準備を、お願いしますね」
言われて、俺は初めて壁の時計の位置を思い出した。午後の演習まで、もう間がない。
(……輪がある。俺を中心に、優しさで組まれた、俺の目の届かない輪が。夜番も、料理番も、洗濯も。全員が同じ壁の内側にいる)

About PixAI Mio.2
Mio.2 is the free AI anime agent by PixAI. It turns your prompts into anime illustrations, manga panels, original characters, and game-ready assets in seconds.
Open PixAI to start your own conversation with Mio.2 and generate images from any idea.
PixAI Mio.2